第38回みちのく会 秋田大会レポ(5)
「話題提供」。基調講演〜タイプ種について。(12/2/27,朝)
おそらく他の人々とは異なり,前夜はよく眠れた。
秋田はとりあえず雪は止んでいる。
でも虫探しは難しいレベル。建物の周囲を,雪を踏みながら(運動靴をぐしょぐしょにして)ぐるぐる回る。
壁に色々と虫由来のものが付着していてもいいように思うのだが,さっぱり見つからない。ほんとうに虫が少ないのか,よく清掃されているのかのどちらか。
秋田は概して虫が身近でないのかもしれない。
やぁーーっと見つけたクモの抜け殻。やれやれ。
朝食はテーブルに盆が乗っている。昨夜とは打って変わって穏当な食物。ご飯をおかわりしようと席を離れると,その隙を見逃さずに食器類がすべて回収される。ご飯茶碗だけ持ってティースプーンで食べる。どこにも書かれてはいないが,お代わりは禁止だったらしい。
人々の話し声が聞こえてくる。どうやら午前3時まで虫について語り合っていたらしい。
1F会議室へ。台湾で作られた蛾のDVDの上映が始まっている。
「幻蛾 臺灣蛾類之美」(youtubeへ)。「六本脚」で販売中。
人々の意識が催眠商法のそれのように「幻蛾」によって深層まで蛾まみれになったところで,「話題提供」が始まる。
昨日の「一人一話」よりも専門性が高くなる。それだけに一層集中して傾聴せねばならないのだが,こちらは朝のトランキライザーで頭がぼよぼよしている。
メモの範囲内で。
- 日本人はタイプ標本を大事にしない傾向があり,憂慮すべきである。
- 日本の博物館の受け入れに問題あり。
- 戦争で失われた標本は仕方ないにせよ,戦後の記載モノもないことがしばしば。
- 例えば,O氏によるコケガなどのホロタイプ(種の原器とされる標本)がない。ご子息によれば,現在チョウの標本は残っているが,蛾のそれはないとのこと。北大に寄贈されてもおらず,結論としては行方不明である。
- 「不明」なのでネオタイプ(ホロタイプが失われている場合の新原器標本)の指定もできない。
- タイプの所在について,外国から問い合わせがあることもあり,困る。
- また,N氏のシャチホコガのタイプについても,N氏没後にK氏が回収したが,半数ほどは虫食いで失われていた。
- 科学博物館の移転にあたって,ホロタイプの整理・打ち込みを行った。まだまだ「あるのかないのか分からない」ものが沢山ある。
- チョウのタイプ標本はまだまだ埋もれている可能性大。
- このアオスジアゲハは赤ラベルがついているのでタイプ標本であるはずだが,何のタイプ(亜種?)か分からない。原記載も不明である。
- ぼろぼろのルソンカラスアゲハのホロタイプ。今回出てきた。
- 従来,「展翅し直そうとして熱湯注射で軟化を試みたところ,手を滑らして壊してしまったので捨てた」とされていた。
- 今回,原記載のホロタイプの写真および採集者に確認したところ,失われたはずのものに間違いないとのこと。
- ところがラベルがない。仕方ないのでこちらで赤ラベルを作った。
- ラベルの色には実は規定がない。ある人はホロタイプのラベルを途中から「青」に変えている。さらに現在は「緑」を用いているそうである。
- 後世の研究者に混乱を招かねばよいのだが。
- 赤ラベルだがパラタイプ(原記載で示されているが,ホロタイプには指定されなかった標本)だった,あるいはホロタイプが2つ出てきたケース。(右下隅。どっちだったかメモが追いついていない)。
- かつてはしばしば,パラタイプが写真に使われていた。交尾器についても,ホロタイプの腹を切ることがためらわれたために,パラタイプのものを図示用に使うことがあった。
- ホロタイプなのだが,原記載文とラベルとで名前が異なっているケース。
- I氏によるクロスズメの新種。
- この標本は記載文を読むとパラタイプである。本当のホロタイプは大英博物館にあるはず。
- 命名者に確認すると記憶がないという。「未記載」で処理。
- 現在の命名規約ではホロタイプの保管場所を明記することが義務づけられている。
何だかいろいろなことになっている。昔は門外不出の標本さえあったという。家元制度の感覚なのかな。芸事は学問ではなし,学問は芸事ではない。
テーマが変わって。
- ロシアの研究者が,日本の Actias 属であるオオミズアオ・オナガミズアオの2種は,実は6種に分けられると発表した。以下,これに対する反駁。
- 上画像において,アルテミス種のタイプは左端の3番目。これはネッタイミズアオに近い種(亜種?)である。
- というわけで日本にアルテミスは分布せず,日本のオオミズアオは「アリエナ種」とされている。
- さてActias 6種について。
- アルテミス種……日本には分布せず。
- グノーマ種……オナガミズアオ。
- アポロ種……ネオタイプ指定のものは産地不明(=日本での飼育もの)。これはオナガそのもの。
- ドゥルキネア種……オオミズアオ春型。
- キセニア種……オオミズアオ夏型♂。
- アリエナ種……オオミズアオ。
- というわけで,やはり2種であると考えられる。
学者としては事情もあるのだろうが,大体でも何でもとにかく先に発表しまわないと損だということになっては好ましくないだろう。
それにしても,アルテミスのタイプ標本がしなびたキャベツみたいな様子だったのは勉強になった。
- 「みんな蛾」は世界で見られていて,キハラゴマダラヒトリについて,ロシアの研究者からウルティカエ種が混じっているとのクレームがついた。
- ウルティカエ種は触角の櫛歯が短く,バルバ(交尾器)も異なっている。
- 国後島で採れており,北海道・本州にもいるのだという。
- というわけで,皆さんのキハラゴマダラヒトリの標本を確認していただきたい。
現在,メールで情報交換が継続中。北海道のKさんのところからウルティカエ種と思われる標本が出てきたとのこと。
なるほどこういうことがあるから,専門家は標本箱を同じ種で一杯にしたりするのである。
- 蛾の分類学者は絶滅危惧状態である。
- 対策としては「若い女性」を蛾類学会へナンパして(以下略)。
ナンパ画像(?)があるが,もちろん割愛。
【(6)へ続く】