06年7月27日。苫小牧市樽前,錦大沼公園アルテン。
あの異次元から迷い込んできたようなエゾヨツメやイボタガの美しさは別格で,ここはもっと小さな話。
近づいてよく見なければ見逃してしまう,そういう性質のささやかな美しさが世界の中にはあって,それなりに装いに工夫しているお洒落な蛾は少なくない。この蛾もしかり。ぜひとも夜の,灯火の下で見て欲しい蛾だ。
前翅長20mmほど。だから小指の半分くらいの大きさだと思えばいい。
脈が浮き上がった前翅はざらざらとした渋い光沢を持つ。胸背の毛は青白い房,頭部の後ろはオレンジ色である。前翅や胸の光の反射の仕方は甲虫のそれを思わせる。
このようになかなかの美麗種なのだが,「首輪薄黒」というのはなかなかに無粋なネーミングではあった。確かにその通りなんだが…。
学名はMacrobrochis staudingeri staudingeri 。
属名は「大きい,長い+出歯」。言葉の意味は分かるが意図は見えない。
種小名は人名から。おそらく学者。検索してみると,シュタウディンガー氏の命名になる昆虫が沢山いる。
同日,同個体。
青いのは胸背ばかりでなく,脚や額(?)や触角にも及んでいるのが分かる。
図鑑ではどうなっているかというと,まず北隆館『大図鑑T』。綿密な描写。
顔面は黒褐色。頭頂部・肩板・胸部及び腹部の背面は黒褐色で青藍色に輝く。頸板・胸部及び腹部の腹面は橙黄色。触角は♂♀ともに微毛状。下唇鬚の第3節背面は黒褐色,他は橙黄色。前・中・後脚の基部半分は橙黄色,腿節の末端半分及び脛節・[足付](ふ)節は黒褐色で青藍色鱗を装う。前翅は青藍色に輝き,(…)。♂♀で色彩・斑紋に差異はない。 (…) 6〜7月に出現し,燈火に飛来する。(p.99)
腹面についてはこちら。眼が大きい。
07年8月2日。苫小牧市樽前,錦大沼公園アルテン。前翅長20mm。
要するに,(後翅を除いて)「黒褐色」・「青藍色」・「橙黄色」でできている蛾なのである。
保育社『蛾類図鑑下』。
触角は繊毛状で,♂の繊毛はながい。顔面の下半,下唇鬚の腹面,体の腹面,脚の腿節及び頸板は橙黄色で,体の背面及び前翅は青緑色に光る。(…) 成虫は年1回,6〜7月頃に出現する。(p.204)
図版では前翅の緑が強調された印刷色になっている。新鮮な個体だとそうなのだろうか。
講談社『蛾類大図鑑』。
触角は前属(引用者註:Lithosia属。ヨツボシホソバが属する)と同じで,♂には短い微毛が生えている。(…)頸板は橙色,頭部,胸背,前翅は青色に輝く。(…) 6−7月と9月に出現する。平地にも山地にもいる。(p.644)
出現時期が修正されている。図鑑は新しいものに限るというのはもちろん当てにならず,平成7年の北隆館『コンパクト版 原色昆虫図鑑T』では分布から北海道が落ちていたりする。昭和40年の同社『昆虫大図鑑』ですでに分布は北海道までカバーされているのだから,単純に編集上の問題だろう。
図鑑批評は大切な作業だと思うのだが,でもそんなことがつまらなく感じられるほど,この蛾は美しい。
07年7月2日。苫小牧市樽前,錦大沼公園アルテン。前翅長21mm。
この渋く輝く蛾が夏の夜の虫たちの一員として灯火に訪れてくる。わたしにとっては単純に幸福な時間がそこにはある。
○原色昆虫大図鑑T;北隆館
○コンパクト版 原色昆虫大図鑑T;北隆館
○原色日本画類図鑑 下;保育社
○日本産蛾類大図鑑;講談社
(08年02月09日改稿・画像追加)
yyzz2;虫画像 虫よもやま