ツメクサキシタバ Euclidia dentata Staudinger

ヤガ科 Noctuidae  シタバガ亜科 Catocalinae

ツメクサキシタバ

06年7月13日。苫小牧市樽前,錦大沼公園アルテン。温泉施設看板。

■小さなカトカラ

昆虫マニアの間で通用している「ネキ」とか「ゼフィルス」といった符牒があって,これらは学名由来である。「カトカラ」もそういった類のもの。

カトカラ属(Catocala)とはヤガ科シタバガ亜科(Catocalinae)に属するグループの蛾であって云々は,当HPに迷い込んでくるような方々にとっては釈迦に説法に違いない。とにかく「カトカラは人気がある」。「カトカラ」の名前は「kata下の方+kalos美しい」から。

もちろんCatocalinae亜科のすべてがCatocala属ではなく,他の属に属する蛾だってあまた存在している。しかしどう見ても地味なラインナップである。人気薄なのはやむを得ないか。


このツメクサキシタバはそういった非カトカラ属の中では美麗種だと思う。もちろん「黄下羽」に恥じず後翅には黄色の縁取りがあるのだが(撮影時は知らなかった。宿題),前翅だけでも茶系統で味良く決めている。前翅がおよそ灰色黒白で収拾のつかないカトカラ属とは一線を画している感じである。

この蛾の模様は,どうやら昼に活動する蛾であることに求められそうだ(上記蛾像は夜のもの)。夜行性のカトカラは昼間は樹の幹とかに張りついて同化している。そういう前翅である。

ツメクサキシタバ

同年同日。指を並べての撮り。大きさが直感的に分かって面白いので時々こういう撮り方をする。

前翅長は20mm弱。この模様にはきっとこの程度のサイズが好ましい。

■大数学者の名を負って

学名は「Euclidia dentata」。種小名はデンタル何だかの「歯の,歯形の」。

属名は… あの偉大なユークリッドだ! よく知らない人はこちらで(Wikipedia「エウクレイデス」の項)。古代数学者の名を負った小さな美しい蛾が何食わぬ顔をして苫小牧の灯火にやってくることに,わたしは単純に感動したりする。とはいえ「−ia」は女性形の接尾語なので女数学者である。


実用本位の標準和名とは異なった楽しみが学名にはしばしばある。学名の祖リンネにしてからが,蝶の学名にギリシア・ローマの神名・人名を用いることで古代世界を現出しようとしたのではないかとの指摘がある(『蝶の学名』,平嶋義宏,九州大学出版会)。


夜空を飾る北天の星座なら神話をまとい付けて文化的な深みを湛えている。背景を持たない南天の星々のなんとよそよそしいことか!


1頭の蛾には,伝統の積み重ねはまだないかもしれない。これからでも間に合う。

もっと蛾について知ること,もっと蛾について語ることが未来の「1頭の蛾の文化的背景」を作っていくに違いない。「もっと蛾を語ろう!」。

ツメクサキシタバ

同年同日。翅を少し閉じたところ。

■ヨーロッパでは

日本ではエウクリディア属はツメクサキシタバ1種のみ。どうも情報が少ないと思ったら,北方系の蛾であるらしい。講談社『蛾類大図鑑』。

属Euclidiaは,北半球温帯の内陸草原の蛾で,北アメリカ,アジア,ヨーロッパに4種を産する(Flanclemont,1957)。(…)(引用者註:同書に述べられている日本亜種については現在削除。「List-MJ 日本産蛾類総目録」の「What's New?[2005年分]」の項による)北海道および本州中部(長野,群馬県)の高地草原や盆地部に産し,伊吹山はもっとも西方の山地として知られる。東北地方には記録がない。(p.851)

ヨーロッパだったら「UK Moths」である。そちらにはdentata種はなく,替わりにglyphica種が出ている。模様が少し違っているが,あまり変わらない。

あちらの英名は「Burnet Companion」。バーネットというのは,こちらではワレモコウだ。プラスしてコンパニオンだから,「ワレモコウ( ゚∀゚)人(゚∀゚ )ナカマー! 」だな。

「UK Moths」の説明によると「Burnet moths」(マダラガの類)としばしば一緒に見つけられるのが名前の由来だという。

 

そうなのかなあ。どっちにしても主体性のない妙な名だ。文化的背景というのはしばしば妙なものらしい。それでも知られていないよりは100倍ましである。

○『日本産蛾類大図鑑』;講談社


(08年02月08日改稿)

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